(4)探偵の烙印

「先生、平良警部が事件捜査に協力してほしいそうですよ! はやくはやく! 四十秒で支度してください!」
 受話器に手のひらを添えながら、少年助手の大林君はヒモロギ探偵を呼ぶのですが、ちょっと目を離したすきにふたたびCoDマルチプレイモードに興じ始めたヒモロギ氏は
「うーむ、今は手がはなせないし、なんつうか、うーん、めんどいから丁重に断ってくれたまえ」
と、まるでやる気がありません。なにしろ、ダウナーなときは『死霊の盆踊り』の制作スタッフなみにやる気がないことでおなじみのヒモロギ先生です。名探偵のむらっ気をよく心得ている大林君は、内心ざんねんに思いながらも、警部に先生のご意向を伝えました。
「まったく、あのとうへんぼくめ。ランキングがあんなざまでも、まだそんなことを言いやがるのか」
「ええっ、ランキングですって!? もしかして新しいランキングが発表されたのですか?」
「おいおい、君らのとこにはまだ朝刊が届いていないなんて言うなよ? 今日は月に一度のランキング更新日だぜ」
「そうか。朝からお買い物のことで頭がいっぱいで、僕としたことがうっかりしてました。ちょいと新聞を取ってきます!」
 言うやいなや、大林君は受話器をテーブルの上にころがし、新聞受けのある玄関のほうへとパタパタ駆けてゆきました。

 さて、大林少年助手と平良警部の話題に出てきた「ランキング」とは、いったいぜんたいなんなのか、読者のみなさんにも説明しておかねばいけませんね。
 これは、正式には「刑事事件捜査協力者一覧」、通称を「探偵ランキング」といって、ときの警視総監どのが鈴木清順の『殺しの烙印』や『ピストルオペラ』でおなじみの「殺し屋ランキングシステム」をヒントに作り出した制度です。いったいどんなものかといいますと、まず、事件捜査に協力する民間探偵たちを、警察への貢献度やら捕らえた賊の格付けやらによって細かく査定するのです。そうして、月ごとの順位づけを朝刊に掲載し、それによって探偵たちのやる気を引きだそうという怪アイデアなのです。
 そんなランキングは、本朝最高峰の映画探偵ヒモロギ小十郎が永遠不動のナンバー・ワンに決まっているですって? 名探偵ヒモロギのすばらしい活躍の数々をご存知の読者諸君なら、そう思われるのも無理はありません。しかし実際は、残念ながらそうではありませんでした。なにごとにも運気のめぐりあわせというものがあるもので、実は少し前に、ヒモロギが捕縛した稀代の怪賊「二十世紀FOX面相」が牢破りをして逃げ出したせいで、獲得した得点の大半が帳消しとなってしまい、それからというもの、モチベーションの低下したヒモロギ先生のランキングは下がるっぽうなのでした。
「ああ、今月はどれくらいランクが落ちたというのだろう。先生はここのところぜんぜん事件を解決されていないからなあ……5位くらいかしら。いや、平良警部の口ぶりからすると、もしかして10位くらいまで落ちてしまったかもしれないぞ。ウーン、見たいような、見たくないような……」
 新聞を手にした大林君はテーブルのまわりをグルグル回るばかりで、なかなかランキングを見る勇気が出ません。
「たとえ見なくても、ひどい結果だろうという想像はつくけれど、それでも僕は先生の助手として、いちおう見るだけは見て、そのひどさ加減の確認をしておかなければいけないぞ。でも辛いなあ。ああ、この心を何にたとえよう。これはまるで『ゲド戦記』の作品試写会にしぶしぶやって来た宮崎駿監督のような気持ちだ……見る前からこんなに気が重くて苦しい気持ちだなんて、まったく吾朗ときたらどんだけ親不孝者なのだろう。吾朗の……吾朗のばかーっ!」
 憤りの矛先をまったく無関係な吾朗に転嫁することで少し気が楽になり、ようやくのことで覚悟を決めた大林君が、どきどきしながら新聞のランキングをソーッとのぞいてみると、なんだかいつものランキングとは一見おなじに見えて、実はまったくちがうような、なんだかとてもとてもへんなかんじがしました。これはいったい、どういうわけでしょう。

(3)ゆめの香り

「いったいぜんたい、ヴィレッジ・バンガードが大人おしゃれなお店じゃないだなんて、本当のことなんですか?」
 海と坂と階段と尾美としのり以外は何もない尾道から、ネオンかがやく大東京にやって来てまだまもない、ポッと出の山出し少年である大林君は、てっきり帝都おしゃれ業界の最先端だとばかり思っていたヴィレッジ・バンガードを否定され、『ピンク・フラミンゴ』を見せられた山手のおぼこ娘のように激しくろうばいし、スローモーション&逆回しの連続繰り返しによる過剰演出および「ディヴァイ〜ン」などといったおもしろ効果音とともに、リノリュウムの床にみごと尻もちをついてしまいました。

「おいおい、なにもそんなに面白いおどろき方をすることはないだろう」
「すみません。『DEAD OR ALIVE 犯罪者』のラストシーンくらい衝撃を受けたものでつい」
「どんだけだよ。あのね、いいかい、ビレバンはたしかにおしゃれなお店だし、乱歩と澁澤とオーケンが半永久的に平置きされている点などは僕も大いに称揚するところではあるが、しかしけっして大人おしゃれなお店とはいえないね。僕の見立てでは、大学一年生おしゃれ、もしくはデザイン専門学校生おしゃれといったところだ。したがって、モダンな大人おしゃれ女給であるナミさんのお眼鏡にかなう物品はあの店では永遠に手に入らないといってよいだろう」
「ええーっ! ディヴァイ〜ン!」
「だからそれはもういいっつってんだろ」
「な、なんということだろう。尾美としのりを永遠のファッションリーダーとしてあがめたてまつる尾道で生まれ育ったぼくには、ものごとのおしゃれ度合いを見きわめる鑑識眼がまるきし不足しているようです」
「ハハハ……若いうちのビレバンぐるいは、サブカル入門者なら誰しもが一度はかかる“はしか”のようなものだから、そんなに気にせぬがよいだろう。君が尾道的センスで購入してきた品々は、せっかくだから僕がありがたく使わせてもらうことにするよ。どうもご苦労だったね」
 がっくりうなだれる大林少年の両肩に、ヒモロギ先生は苦労しらずのしらうおのような白い五指をそっと添え、ニコニコとほほえみながらやさしく労をねぎらうのでした。弟子のあやまちを頭からしかりつけることなく、あたたかく励ましてくれる師匠のやさしさに感動し、大林君のヒモロギ氏に対する敬慕の念はいっそうつのるばかりでした。しかし、ああ、なんということでしょう! このとき大林少年が購入してきたビレバン商品がもとで、のちに名映画探偵ヒモロギ小十郎は探偵人生最大級の危機に瀕することになってしまうのですが、しかしそれはまだまだ先のお話です。読者諸君は、ぜひこのことを忘れず心にとめておくのがよいでしょう。

 その後、名探偵と少年助手がビレバンのお香を用いた『セント・オブ・ウーマン』ごっこに興じてきゃっきゃと遊んでおりますと、とつぜん事務所の電話が鳴りひびきました。大林少年助手がすかさず受話器を取り、相手の用向きをうかがいます。
「先生、仕事の依頼です!」
 大林君は目をかがやかせながら、目かくしでお香当てクイズにいそしむ探偵に大声で伝えました。
「うん、誰からだね……おっと、何も言わんでいい、チャーリー……身長は170センチ、髪は赤褐色、美しい茶色の目をしている……」
「先生、『セント・オブ・ウーマン』ごっこはもういいんです」
「えっ。ああ、そうなの……」
「そんなことより、警視庁の平良警部からですよ」
 平良警部といえば、泣く子の脂肪もしぼり取る捜査一課の鬼刑事です。そんな偉丈夫が探偵ヒモロギ小十郎を頼るのは、いつだってよくよくの怪事件が起こったときと相場がきまっているのです。いったい今回は、かの鬼刑事は映画探偵ヒモロギ小十郎にどんな難題をもたらすというのでしょうか?

(2)撃たれた名探偵

「きゃーっ、撃たれた!」
 帝都サブカル文化の発信地、中野ブロードウェイまでわずか徒歩二分という好立地にそびえる開化アパートに、とつじょ絹をさくような三十路男の叫び声が響きわたりました。
 どうやら、なぞの悲鳴の出どころは映画探偵ヒモロギ小十郎氏が事務所を構える三階の角部屋のようです。
「あっ、今のはヒモロギ先生のお声にちがいないぞ。ぼくが先生のお声を聞きまちがえたりするもんか。……これは一大事だ!」
 ちょうど買い物を終えてアパートに戻ってきた大林少年は、一階の玄関でこの悲鳴を聞くや、大あわてで階段を駆けあがりました。……なんと、かの名高き名探偵ヒモロギ氏は、お話が始まってそうそうに、悪の兇弾にたおれてしまったのでしょうか?

「先生っ、ご無事ですか!」
 大林少年が息せききって書斎の扉を開けると、室内ではヒモロギ探偵が安楽イスから身を乗り出してテレビモニタを凝視していました。いやはや、どうやら名探偵絶命の危機というわけではなさそうです。
「おや、お帰り大林くん。ずいぶん早かったのだね」
「そんなことより先生、いまの悲鳴と銃声はいったいなんです? もしかして二十世紀FOX面相の手の者が……」
「いや、さっきAmazonから届いた『Call of Duty:Modern Warfare 3』に興じていただけだよ。マルチプレイで遊んでいたら、ロシアだかベラルーシだかの小学生に背後から蜂の巣にされてしまい、心の底からくやしがっていたという次第さ。しかし、今日びの子どもは加減を知らないというか、この僕をボニーとクライドあつかいだよ。残弾すべてを撃ちてしやまんまで、しこたまぶちこむこたあないじゃあないか。マジで泣きそうになったよ」
「そうだったんですか。でも、先生を背後から撃つなんて、なんて汚い露助だろう。僕がきっと必ず仇をとってみせます」
「ハハハ……それは頼もしいね。ところで大林くん、買い物の首尾はどうだったのかな」
「はい。ぼくの目利きで、これぞというものをいくつかみつくろってきました」
 そう言うと、大林少年は手にした紙袋から数点の品物を取り出して机の上に並べはじめました。
中島らものエッセイと、完全自殺マニュアルと、死ぬほど辛いデスソースと、ガーネッシュのスティックお香と、お香の香りが衣服に染みつくガーネッシュ柔軟剤と、店内で流れていたジブリ・ジャズのCDと、それから……」
 大林少年は嬉々としてそれぞれの品物の解説を始めましたが、ヒモロギ先生は眉にしわを寄せて何やらうかぬ顔つきです。
「大林くん。僕はきみに、ナミさんへのプレゼントを見つくろってほしかったのだがなあ」
「はい。たしかに、そのようなお言いつけでした」

 ナミさんというのは、ヒモロギ小十郎と大林宣雄少年助手が足しげく通う新宿のカフェー「けもの部屋」に勤める女給の源氏名です。
 みなさんはまだ行ったことがないでしょうから、少し説明をくわえておきますと、カフェーの女給というのは、皆さんのお父さんやお兄さんみたいな愛に飢えたやさぐれ男どもに対して、チップと引き替えにお色気サービスを提供する女性たちのことで、いわゆる夜の蝶、もっとありていに言えば、水しょうばいの女です。
 ヒモロギ先生が特にお気に入りのナミという女給は、眼があった者をヘッドショットで射殺するような鋭い眼光と、俗世の男とは語る言葉を持たぬとばかりにきっと結んだ口もとのりりしさは、なるほど、この広い東京にもそうそういない美貌の持ち主でありましょうが、客しょうばいだというのに一言もしゃべらず、脇に座らせてみたところでお酌をするでもなく、ただうつむいて大理石のテーブルでスプーンをこすり、ひたすらにその先端を鋭くとがらせているという、まるで気ちがいじみた女なのですが、ヒモロギ先生はこの怪女給の、むしろそのような不遜で猟奇なそぶりがかわいらしくてたまらないのだそうです。
 年わかい大林くんにはナミさんの魅力がどうしても理解できず、同じくナミさんの上客でありヒモロギ先生の友人でもある平良警部に、彼女の魅力をそっとたずねてみたことがありました。平良警部はそれを聞くとにこにこと笑い、
「それはそうだ。きみぐらいの年であの女の魅力をやすやすとわかってもらっては困るぜ。おれやヒモロギ氏のように、若いころたいそう屈折した青春を送ってみて、そうやって初めてあの女の狂気に惚れることができようというものだ」なんてことを言うのでした。それを聞いた大林くんは、
「ははあ、さすが人生経験の豊富なお二人だ。僕のような尾道あがりのひよっこは足もとにもおよばないや!」
とおそれいり、そしてますますヒモロギ先生への敬慕の念を深めたものでした。

 さて、お話を怪女給から開化アパートの書斎へと戻しましょう。
 眉をしかめたヒモロギ先生はため息をつきながらこんなことを言いました。
「ナミさんみたいに大人な女性が喜ぶシャレオツなプレゼントを用立ててほしかったのだがなあ。どうやらきみには少し荷が重いミッションだったようだね」
「ですから、ですから……ここにこうして買い揃えてきたではありませんか……」
 自分の買ってきた品じなが先生に気に入ってもらえない理由がわからず、職務に忠実な大林少年は思わず泣きべそをかいてしまいそうになりました。
「ふむ。ふむ。しかるにこのセレクト、さてはヴィレッジ・バンガードで買ってきたとみえる」
「アッ、さすが先生、お見事な洞察力でいらっしゃいます。なにしろ、この界隈で大人でおしゃれなお店といえばヴィレッジ・バンガードをおいて他にはありませんからね」
「きみの故郷である尾道にはビレバンなぞなかろうから、あの店はさぞ桃源郷のごとく目に映るのかもしれぬが……いいかね大林くん、きみにひとつ、この世のことわりを教えてあげよう。ビレバンはけっして……大人おしゃれなお店ではないんだ!」
「エエーッ、なんですって!」
 なんということでしょう。尾道出身の大林少年が思いっきり背伸びして出掛けた吉祥寺のヴィレッジ・バンガードが、まさか大人おしゃれなお店ではないだなんて! 店内はあんなに濃厚なお香のにおいがじゅうまんしているというのに、それでも大人おしゃれなお店ではないだなんて! 大林少年はキツネにつままれたような気分になってしまいました。あのビレバンが大人おしゃれなお店じゃないですって? 本当に、そんなばかなことってあるのでしょうか?

(1)はしがき

 そのころ、東京中の町という町、映画館という映画館では、ふたり以上の人が顔をあわせさえすれば、まるでお天気のあいさつでもするように、怪人「二十世紀FOX面相」のうわさをしていました。
「二十世紀FOX面相」というのは、毎日毎日、新聞記事をにぎわしている、ふしぎな怪人のあだ名です。その賊は、20世紀FOX社の映画をあまりに愛しすぎるあまり、他の人たちにも20世紀FOX映画を観てほしい、たとえ興味がなかろうと、力ずくでも見せねば気がすまぬという、実に恐ろしくもはた迷惑な男でした。

 この賊の手口というのは、たとえばこうです。

 ある新作映画の封切りをむかえた新宿の映画館「メトロポール新宿」での出来事。新作映画への期待に胸をふくらませながら本編前の予告を観ていた満員の観客たちが、
「そろそろNO MORE 映画泥棒のしょうもない小芝居が始まる頃合いかしら」
と、いささかうんざりしながら身構えていると、とつじょスクリーンが暗転し、場内は真っ暗になり、次のしゅんかん、スクリーン前のステージには、頭はカメラ、体は黒スーツといういでたちの怪人がいて、観客を見回しながらへらへらと笑っているではありませんか。それはまさしく「NO MORE 映画泥棒」に登場する映画泥棒そのものでした。

 怪人は「NO MORE 映画泥棒」をまねたうす気味わるい舞踏をくねくねと踊りだし、顔の表情はおよそうかがい知れませんが、どことなく満足げなようす。なおも観客があぜんとしていると、背後のスクリーンがふたたび大暗転。その真っ黒な画面には赤い血文字で「FOX映画、みないと死ぬで」というメッセージがおどろおどろしく表示され、そして壇上の怪人はよりいっそう激しく、ダンサブルに、まるできちがいのようにくねくね踊りを続けるのです。

 劇場内は大パニックになり、観客はなだれをうって逃げだそうとするのですが時おそし、シアターの全ての扉には外側から鍵がかけられ、まるで『デモンズ』の惨劇が再現されたかのようです。悲鳴と怒号が入り混じるなか、開演のブザーが会場内に重々しくひびきわたり、かくして20世紀FOX映画『アバター《特別編》』が幕を開けるのです……。
「やめろ、ええい、やめたまえ! なんで今さら『アバター』を観なけりゃならんのだ!」
「そもそもこの映画、内容カラッポなのに長すぎるんだよ!」
「上映時間が162分もあるなんてどうかしてるよ!」
「いいえ、これは《特別編》だから171分だわ!」
「これはもはやエンターテイメントの名を借りた合法的な拷問だぞ!」
「ウワーッ、しかも画面は3D仕様じゃないか! せめて3Dメガネを貸してくれーっ!」
 館内は阿鼻叫喚のきわみ、八大地獄のひとつである大叫喚地獄がとつじょ現世に出現したかのような、実にさんたんたるありさまです。

 かくして『アバター《特別編》』の上映が終わった171分後、異変に気づいた警察がようやくのことで映画館に踏みこんでみると、そこにいたのはぐるぐるに縛られさるぐつわをかまされた映画館の従業員と、精気をうしない白痴のごとき顔つきでたたずむあわれな観客たちばかりで、かんじんの怪賊「二十世紀FOX面相」の痕跡はどこにも見つけることが出来ませんでした。まさに大胆不敵、傍若無人のふるまいといわざるをえません。

 しかし、この魔術師のような稀代の大怪賊にも弱点はあります。それは宿敵である映画探偵ヒモロギ小十郎の存在です。中野の開化アパートに事務所を構える彼は、今まで幾度となく二十世紀FOX面相と対決し、その激しい闘争のすえ、なんどもこの怪人を追いつめることに成功しているのです。半年前、刑務所から脱獄し、次第に力を回復しつつある劇場型怪人と高等遊民の映画探偵、竜虎二傑の対決は、いよいよ間近にせまっているのかもしれません……。

新れんさい「少年映画探偵 二十世紀FOX面相」のおしらせ

 どこぞにゆかいですてきな映画ブログはないものかしら……そんなことを考えながら、webの大海をただよう有象無象のサイト群をたずね歩いていたある日の昼さがり。私はまるで白昼夢のごとく不可思議なブログに迷いこみました。
シネラマ島奇談」なる奇題を冠したそのブログは、江戸川乱歩調の文体と探偵小説の体裁をとりつつ映画の話題や感想を読者に供するという趣向で、まあ実際はさしたる感想が書かれていたわけでもなかったのですが、本朝にまたとない奇怪千万なコンセプトに感じいった私は、ブログのRSSをリーダーに登録し、次回の更新をくびを長くしながら待つことにしました。

 しかしふしぎなことに、待てど暮らせど、ウンともスンとも、ブログはいっこうに更新されません。よっくとみれば、私が楽しみにしていた長編読み物「シネラマ島のなぞ」は2007年を最後に更新が途絶えているではありませんか。4年ものあいだ筆が絶えてひさしいとは、もしや書き手の怪青年になんらかの災いがふりかかったか、あるいはブログの更新を心よしとせぬ悪党の手にかかったか。更新を待ちわびる私の心はかき乱されんばかりでした。

 絶望の思いにワナワナと手をふるわせながらもブログをくまなく点検すると、きみょうなことに気づきました。「シネラマ島のなぞ」の主人公を任じる映画探偵氏の名前はヒモロギといって、私のペン・ネームとまるで同じだったのです。
 私と怪ブログをつなぐ不可思議な接点、そして私はなぜこのブログにかくも強く惹かれるのか――その謎をとくため、私は米国へ飛び、みなさんおなじみ「ヒル夫妻誘拐事件」においてベティ・ヒルとバーニー・ヒルに逆行催眠療法をこころみ、レティクル座ベータ星人に封印されし魔の記憶をみごと呼びさましたさいみん術の専門家、サイモン博士を頼りました。魔法のように鮮やかな彼のさいみん術によって失われた記憶を掘り起こしたところ、なんたる奇縁! 実はこのブログ、私がむかし自分で書いてうち捨てていたものであることが判明したのです。なるほど、どうりで面白いはずです。さすが村いちばんの神童とうたわれた私だけのことはあります。

 更新がなされぬ理由に得心するいっぽう、ストーリイの続きを読むためには、じぶんで続きを書かなければならないという面倒くさい事実も同時に判明しました。なんという悲劇! もしジキルとハイドのように私に人格が二つあって、善なる読者ジキルである私の気づかぬうちに猟奇者のハイドがせっせとブログを更新してくれていたらどんなによいだろう、などと夢想しましたが、残念ながらわたしは、抑圧も虐待もない健全な少年時代を過ごしてしまったため、悲しいかな人格はたったの一つしかなく、したがって、やはり自分で物語の続きを書かなければ自分の心すら楽しませることができない呪われた身の上なのです。

 そのようなわけで、自分のために「盲獣村」のれんさいをおっつけ再開しますが、最先端の逆行催眠技術をもってしても昔考えていたお話の展開をまったく思い出せぬため、執筆には多少の困難が予想されます。
 ついては、同時進行で学童むけの新れんさい「少年映画探偵」のお話を書き進めることで自分と読者の皆さんの心を安んじるつもりです。

 このお話は、20世紀FOXの映画作品を愛してやまない神変ふかしぎの大怪賊「二十世紀FOX面相」と、帝都随一の映画探偵ヒモロギ小十郎との、力と力、知恵と知恵、そして映画を愛する心と心、火花をちらす、一騎うちの大闘争の物語です。
 映画探偵であるヒモロギ氏には、単身尾道から上京し、もっか修行中の身である少年助手、大林宣雄くんが『七人の侍』の若侍勝四郎のごとく付きしたがっています。尾道三部作とジブリ映画と『仁義なき戦い』とカフェーの女給をこよなく愛するこのかわいらしい小映画探偵の活躍もなかなかの見ものでありましょう。
 さて、前おきはこのくらいにして、次回からいよいよ、大こうふん、驚天動地の胸おどる冒険活劇風映画感想ブログの幕を開けることにいたしましょう。

『ゾンビランド』


 リア充と非リア充を簡便かつ効率的に分別する方法はあるか?

 そのような方法は公式には存在しないとされているため、非リア充のごとき生産性の低い無価値なポンコツも無慈悲な民主党政権事業仕分けされることもなく、したがって国会議事堂地下の谷亮子専用柔道場、そこから更に地下50メートルをくだったところにある国営労役場に収容されて意味不明のでっかい歯車を回し続けさせられることもなく、なんの予定もない日曜日の午前中を『ハートキャッチプリキュア!』とか観ながらのんべんだらりと暮らしておるわけです。でもあるんだな。リア充と非リア充を容易に見分けることの出来るたった一つの冴えた設問が。
「あなたはゾンビハザードを待ち望んでいますか?」
 それはつまり「ゾンビ映画を愛していますか」という問いかけと同義。現実社会への執着の低さとリセット願望。自己愛の強さとそれゆえ生じる他者への不信感・排他的思考。破滅欲望。破壊衝動。DT感まる出しな「生き残り女子とのアダムとイブ幻想」。そういった非リア充各位の後ろ向きマインドを全て満たしてくれるのがゾンビハザードの世界なのです。したがって非リア充はみんな揃ってゾンビ映画が大好き! 現実社会に適応できない劣等種をあまさずあぶり出すにはゾンビ映画を観せてみればよい。この恐ろしいウル技が政府にばれたら僕らボンクラは残らず根絶させられてしまうので、お上にゃぜったい内緒だぜ!

 といったかんじでですね。終末世界に憧れる僕らボンクラ系男子は後ろ向きな憧憬に浸りながらゾンビ映画をエンジョイしているわけですが、その一方で、従来のゾンビ映画において僕らボンクラと映画の中の主人公たちは往々にしてシンクロしなかった。ロメロ作品しかり、近年の全力ダッシュゾンビ映画しかり、国産マンガの『ハイスクール・オブ・ザ・デッド』ですら主人公はリア充。僕らの望む終末世界では真っ先に排除されていてほしい存在。『ショーン・オブ・ザ・デッド』や『アイアムアヒーロー』のようにダメ人間が主役と謳うゾンビ作品ですら主人公には彼女と職と社会的地位があるじゃない。それってやっぱりリア充じゃない。しょせん非リア充は非リア充、終末世界になったところで主役になれるはずもなく、ハザードの早期段階でアパートの大家さんあたりがゾンビ化した程度のしょぼい雑魚ゾンビにあっさり噛み殺されてしまって、その後はリア充各位の立てこもるショッピングセンターのまわりをアーウーアーウー言いながら徘徊するあたりが関の山なのか……と暗澹たる気分になることしきりでした。

 そこにきてこの『ゾンビランド』。主人公は友達も彼女も一切いない引きこもりじみた大学生。このボンクラが荒くれマッチョやビッチ系の詐欺師姉妹とパーティーを組んでゾンビ世界を旅したり恋愛したり遊園地に出掛けたりするわけですよ。荒くれ・ビッチといえば、ボンクラが終末世界で仲良くしてみたい存在の両巨頭(現実社会ではおっかなくて近づけないからね)。つまりこの映画には、物質文明への批判や人間の浅ましさといったロメロ的メッセージは特段込められてはいない代わりに、ボンクラなゾンビ映画ファンが自己を投影できる体制を万全に整えてくれているので、没入度は他の作品よりも高かったです。僕にはね。

 とはいえ、本作が現実社会で死に体になっているダメ人間兼ゾンビ映画ファンのために作られたマニアックな映画なのかといえば、実は全然そんなことなかったりします。内容的には浅いお話なのであんまり映画を観ない荒くれやビッチも楽しめるし、中盤でとつぜん出てきてとつぜん退場する本人役のビル・マーレイ(『ゴーストバスターズ』の人)が破壊的に面白いので、ふつうの映画好きの人も十全に楽しめるよ!

 そういえば、本作での二丁拳銃さばきがあまりに素晴らしく、亜州影帝チョウ・ユンファを越えたのではないかと僕の中でもっぱら噂なウディ・ハレルソン(荒くれ役)。この人が登場時からラストシーンまで終始一貫して「トゥインキー」というお菓子を食いたい食いたいと騒ぎながらゾンビに八つ当たりしていたせいで、僕もトゥインキーを食べてみたくなってしまった。このお菓子は日本でも手に入るのかと思い少し調べてみたところ、うーん、なんだか随分と体に悪そうな高カロリーの菓子だなあ。しかもこの菓子を食うと頭がパーになって善悪の判断がつかない状態に陥り人を殺しやすくなるため、裁判では「あー俺トゥインキー食ったんでー」と言えば情状酌量の余地があるそうですよ!(Wikiトゥインキー・ディフェンス」より) それ一体どんな菓子!?

『ウォッチメン』


 ほら僕らバカだからさ、映画の内容とか格調とかメッセージ性とか実はどうでもよくて、そんなもんよりも残酷な人体破壊描写とか見せてもらったほうがよっぽどテンションが上がるわけじゃないですか。
 でも僕らバカだからさ、バカというのは所作のいっさいがモタモタしていたりするわけじゃん。おで、こーでーかーらー、えーがーをーみーるーどー。みたいなかんじで話すのも遅いし。なんなんだろうね僕ら。きっと神経回路がステゴザウルスなみの鈍さなんだろうね。まばたきのようなな不随意運動すら超絶遅くてさ、ノドにモチを詰まらせた馬場さんみたいなこっけいなしかめっ面になりながらようやっと眼をしばたくわけなんだけど、目をつむっているうちに観たかった戦闘シーンが終わっちゃったりして、あでー? おでー、かなしいどー、みたいなことがよくあるんですよね。
 でもザック・スナイダー監督は僕らバカにも超やさしい人格者なので、これから残酷な人体破壊シーンが始まるよ、というときには該当シーンをスローにしたりコマ戻し連続再生したりしてバカが残酷シーンを見逃さないようにいつも気配りをしてくれるんだ。ほんとにやさしいな。おでたちはそんなザック先生が大すきだど! 

 というわけで、世界一やさしい残酷監督、はじけてザック大先生の最新作『ウォッチメン』を観てきましたよ。まったく予備知識がなかったため、みなさんと同様ぼくもてっきりスイス代表の超人がドイツ代表の超人にスリーパーホールドをかける話だと思っていたんですが、少し違ってました。超人が登場するところは合っていましたが、本作は「もしも、冷戦時代に本物のヒーローがいたら」というドリフ大爆笑ライクなアメリカ現代史ifストーリーでした。

 結論からいうと、すっごくよかった! ザック先生はこの作品で一皮むけたど! と思いましたね僕は。従来よりの持ち味であるシャープな映像美・人体破壊美はもちろん健在で、加えて今回の作品ではストーリーにも深みがあってなんだかすごく映画っぽい。いや、今までの『ドーン・オブ・ザ・デッド』や『300』も勿論りっぱな映画なんだけど、なんていうのかな、この作品以降はザック先生を紹介する際の枕詞として「ミュージック・ビデオやCMのディレクター出身」という説明がなされることがぐっと減るのではないだろうか。映像だけの人じゃないよこの人はもう。

 いろいろ語りたいことはあるんですが、夜中の零時をまわってバカはそろそろ寝る時間なので、本作に多数登場するヒーローのなかで僕が一番度肝を抜かれたスーパーヒーロー、DR.マンハッタンさんの行状を箇条書きで紹介するにとどめます。

・友だちの葬式とかのフォーマルな場所以外は基本フルチン(しかもモザイク処理なし)
ベトナム戦争に従軍し、巨大化してベトコンと戦った(BGMは「ワルキューレの騎行」!)
・何かの神さまだと思ったベトコンが土下座で降伏
・この人が気合いを入れてあばれると一瞬で200万人くらい死ぬ
・この人の存在が米ソ戦争の抑止力になっている
・この人の近くにいると放射能に被曝する疑惑
・悲しいことがあると火星に引きこもる
・ベッドシーンでは分裂する
・ブラジャーを見るたび新鮮な驚きを感じる

 改めて書きだしてみると、なんかこの人めちゃくちゃだな。にしても、巨大化したマンハッタンがバウワンコさまのごとくベトコンどもを蹴散らすシーンは本家『地獄の黙示録』を一瞬だけだがはるかな高度で超越していた気がする。いいもん観たなあ。おで、ザック先生にここまでついてきてほんとよかったど!