(8)韓流レプリカント

 怪紙芝居師のおじいさんは、とつじょパンパンパパンとかしわ手を打ちならしたかと思うと、お尻をなやましげにくねくねさせながら「ラララ、ラララー」とKARAの「ミスター」を高らかに歌いはじめました。
「わっ、おじいさんがきちがいになった」
「ちがうって! もう紙芝居がはじまっとるの! 歌と踊りから、にぎにぎしくストーリーが始まるという、そういう演出なの!」
「そうか。なあんだ」
「ミスター」の歌詞をじつはよく知らないおじいさんは、コーラスのラララ、ラララーのところばかりをえんえんとリフレインしながら、一枚目の紙芝居をめくりました。めくった先には、9人の韓国人女性がはげしくお尻を振っている絵が現れました。
「ラララ、ラララー、わたしたちはKARAよ〜。日本での出かせぎは『市民ケーン』なみに銭がもうかってもうかって、笑いが止まらないKARA〜」
「ちょっとおじいさん! その絵はたぶん少女時代だよ。ごちゃごちゃだよ! それに、心のきれいな韓流アイドルのみなさんは、ぜったいにそんなことを言ったりしないよ!」
「うるさい客だなあ。こちとら気持ちよく演じているんだから、いちいちツッコミ入れんでほしいな。ここは『ニュー・シネマ・パラダイス』のパラダイス座ですかっつー話じゃよ。いいから、だまって観てなさい……エー、そこに現れたるは、日本のゆく末をうれう国士・北一輝せんせいです。ドジャーン!」
 次の紙に描かれていたのは、支那服をまとった中年紳士で、その両脇には、赤地のマントをはおった軍服すがたの青年将校をおおぜい従えています。
「やんややんや。みなさんお待ちかねの和製マーベル・ヒーロー、北一輝先生のご登場とあいなりました。サアみなさん、拍手、拍手! 万雷の拍手を! ……さてさて、みんなのヒーロー、北先生は韓流アイドルどもを見てこうおっしゃいました。
『ややっ、向こうからやって来る連中、あれは一体なんだらう。どの娘もみな整った顔をしておるが、その美は果たして本当に、天然の産物やいなや。おい青年将校君。あれはもしや、ちまたでうわさのレプリカント(人造にんげん)“ネクサス6型”ではないかね。私は電気羊の夢でも見ているのではないかね』
『あれに見えるは、韓流アイドルでございます。ああやって公衆のめんぜんで尻をふることによって、わが国から外貨をまきあげておるのです』
『そ、そんな無法がこの帝都でまかりとおっていたとは……グ、グムーッ』
『先生! どうされました! 先生ーっ!』
『ウム……あまりの衝撃で持病のしゃくが……しかし大丈夫だ。強力わかもとを4粒飲めばすぐおさまるさ』
『先生、2粒で十分ですよ』」
「えー、なにそれどういう意味? 強力わかもとってなに? なんで2粒で十分なの? 4粒のめばいいのに」
「うるさいのう! これは『ブレードランナー』ネタなの! あとで『ブレードランナー』観とけよ! まったく……黙って観てろっつってんのに、なんでお前はそうなの!? お前の脳はMr.ビーンの脳か!?」
 おじいさんは舞木くんを再度しかりつけ、そしてまたおしばいを再開しました。
「『しょくん、あのレプリカントどもをやっておしまいなさい!』
『おおせとあらば、ぜひもありません。ゆくぞ、突撃ーっ!』」
 その後は二十五枚もの紙を使って、青年将校と片目の魔王が、スプラッター映画に登場するティーンエイジャーもかくやとばかりに、韓流アイドルたちをむごたらしい目にあわせる様子がこと細やかに描写されるのですが、それはあまりに陰惨きわまるため、この本ではくわしい説明を控えたいと思います。
「く、くるっている……このおじいさんはくるっている……マッドネス、マッドネース!」
 舞木くんは目をおおいながら、『戦場にかける橋』のラストシーンにおけるクリプトン軍医のようなせりふをさけび、そして紙しばいにクルリと背を向けました。
「……おい君、どこへ行くんだ。芝居はまだ終わっていないぞ」
「僕、帰ります! ああ! ああ! こんなもの、観なければよかった!」
「オヤオヤ、もうおかえりかい? きみの好きなチョン・チョンチョンちゃんがこれから登場するというのに? チャン・グンソクも出るし、韓流四天王も出るぞ。みんな出てきて、そしてみんなバラバラにされるんだぞ? ハハハ……」
「そんなきちがい紙しばい、だれが見てなんかやるもんか! おじいさんはバッドイナフ!」
「ワハハハハ……観ないのか。そうかね。ワハハハハ……」
 その場を立ち去ろうとする舞木くんの背後で、怪老人のくるったような笑い声がいつまでも聞こえていました。

バットマン・リターンズ』を観るまでもなく、読者諸君は「好奇心は猫を殺す」ということわざをご存じでしょう。舞木くんは、ひょいとかま首をもたげてしまった他愛のない好奇心のせいで、きちがい紙芝居師と関わってしまい、こんなにひどい目にあってしまいました。
 しかし、実はこれは悲劇の序章にすぎなかったのです。この日の夜、舞木くんはさらなる怪奇にみまわれ、みずからのかるがるしい好奇心に対する、大きな代償をしはらうことになってしまったのです。