(4)探偵の烙印

「先生、平良警部が事件捜査に協力してほしいそうですよ! はやくはやく! 四十秒で支度してください!」
 受話器に手のひらを添えながら、少年助手の大林君はヒモロギ探偵を呼ぶのですが、ちょっと目を離したすきにふたたびCoDマルチプレイモードに興じ始めたヒモロギ氏は
「うーむ、今は手がはなせないし、なんつうか、うーん、めんどいから丁重に断ってくれたまえ」
と、まるでやる気がありません。なにしろ、ダウナーなときは『死霊の盆踊り』の制作スタッフなみにやる気がないことでおなじみのヒモロギ先生です。名探偵のむらっ気をよく心得ている大林君は、内心ざんねんに思いながらも、警部に先生のご意向を伝えました。
「まったく、あのとうへんぼくめ。ランキングがあんなざまでも、まだそんなことを言いやがるのか」
「ええっ、ランキングですって!? もしかして新しいランキングが発表されたのですか?」
「おいおい、君らのとこにはまだ朝刊が届いていないなんて言うなよ? 今日は月に一度のランキング更新日だぜ」
「そうか。朝からお買い物のことで頭がいっぱいで、僕としたことがうっかりしてました。ちょいと新聞を取ってきます!」
 言うやいなや、大林君は受話器をテーブルの上にころがし、新聞受けのある玄関のほうへとパタパタ駆けてゆきました。

 さて、大林少年助手と平良警部の話題に出てきた「ランキング」とは、いったいぜんたいなんなのか、読者のみなさんにも説明しておかねばいけませんね。
 これは、正式には「刑事事件捜査協力者一覧」、通称を「探偵ランキング」といって、ときの警視総監どのが鈴木清順の『殺しの烙印』や『ピストルオペラ』でおなじみの「殺し屋ランキングシステム」をヒントに作り出した制度です。いったいどんなものかといいますと、まず、事件捜査に協力する民間探偵たちを、警察への貢献度やら捕らえた賊の格付けやらによって細かく査定するのです。そうして、月ごとの順位づけを朝刊に掲載し、それによって探偵たちのやる気を引きだそうという怪アイデアなのです。
 そんなランキングは、本朝最高峰の映画探偵ヒモロギ小十郎が永遠不動のナンバー・ワンに決まっているですって? 名探偵ヒモロギのすばらしい活躍の数々をご存知の読者諸君なら、そう思われるのも無理はありません。しかし実際は、残念ながらそうではありませんでした。なにごとにも運気のめぐりあわせというものがあるもので、実は少し前に、ヒモロギが捕縛した稀代の怪賊「二十世紀FOX面相」が牢破りをして逃げ出したせいで、獲得した得点の大半が帳消しとなってしまい、それからというもの、モチベーションの低下したヒモロギ先生のランキングは下がるっぽうなのでした。
「ああ、今月はどれくらいランクが落ちたというのだろう。先生はここのところぜんぜん事件を解決されていないからなあ……5位くらいかしら。いや、平良警部の口ぶりからすると、もしかして10位くらいまで落ちてしまったかもしれないぞ。ウーン、見たいような、見たくないような……」
 新聞を手にした大林君はテーブルのまわりをグルグル回るばかりで、なかなかランキングを見る勇気が出ません。
「たとえ見なくても、ひどい結果だろうという想像はつくけれど、それでも僕は先生の助手として、いちおう見るだけは見て、そのひどさ加減の確認をしておかなければいけないぞ。でも辛いなあ。ああ、この心を何にたとえよう。これはまるで『ゲド戦記』の作品試写会にしぶしぶやって来た宮崎駿監督のような気持ちだ……見る前からこんなに気が重くて苦しい気持ちだなんて、まったく吾朗ときたらどんだけ親不孝者なのだろう。吾朗の……吾朗のばかーっ!」
 憤りの矛先をまったく無関係な吾朗に転嫁することで少し気が楽になり、ようやくのことで覚悟を決めた大林君が、どきどきしながら新聞のランキングをソーッとのぞいてみると、なんだかいつものランキングとは一見おなじに見えて、実はまったくちがうような、なんだかとてもとてもへんなかんじがしました。これはいったい、どういうわけでしょう。