『おいしい生活』

おいしい生活 [DVD]



 あ、なんかこの人いいなあ、と僕が好印象を持つ女性は58パーセントくらいの確率でウディ・アレンの映画が好きだと言うので、これは押さえておいて会話の引き出しとして活用せねば、と考えウディ・アレン映画を見まくった若き日々を、ゆえあって勃然と思い出したのでウディ・アレン映画のことを書きます。

 基本的にウディ・アレンの映画というのは何百ガロンもの血がドバドバ流れたりとか、NYのタイムズ・スクウェアに広島やくざが顕現して「文句あるのかよう!」とすごんだりとか、おしゃれなバーの一角でJJサニー千葉千葉真一)がほじった鼻くそをカクテルの中に混ぜてほかの人に飲ませたりとか、そういう僕をダイレクトに楽しませてくれるシーンが皆無なのでわりと退屈に感じつつも、まじめに腰を据えて観ると、まあたしかにどの作品もけっこうよく出来てて面白いような気がする。JJサニー千葉が出れば彼の映画は更に面白くなると思うので、あとでアレンにJJサニー千葉のことを教えてあげようっと。ヘイ、アレン、サニーチバ、チェンジドネーム“JJサニーチバ”、“JJ”ミーンズ、ジャスティス・ジャパーン、とか言って。しかし、それにしてもどんだけかっこいい芸名なんだJJサニー千葉。70歳手前の人間の芸名としてそれでいいのかとふと心配になるレベルのかっこよさだよジャスティス・ジャパン! 僕も彼を見習って海外ではJJコジューロー・ヒモロギと名乗ることにしよう。

 アレンさんの映画の中で、ベタで小粒ながらも一番僕の記憶に残っているのは『おいしい生活』かなあ。地底を掘り進んで銀行の金庫に突入するという頭わるげな計画を進める犯罪グループがカモフラージュとして銀行のそばに開店した形ばかりやる気ゼロのクッキー屋が思いのほか繁盛してしまい、遂にはクッキー屋の世界的なフランチャイズ展開で財をなしてしまうというまぬけなサクセスストーリーが馬鹿馬鹿しくて面白い。金持ちになってめでたしめでたしと思ったら、生活が豊かになりすぎたせいで夫婦の関係がうまくいかなくなり、その後会計士に金を横領されて無一文になり、それを機縁としてまた夫婦の関係も変わっていく、みたいなかんじで、禍福はあざなえる縄のごとしであるといわんばかりの教訓的なコメディ映画。まあこういう、毒にも薬にもならないようなかんじの映画もたまには悪くないですね。

 ところでそういえば、「禍福はあざなえる縄のごとし」っていうのはひとつの真理ではあるなあと思うのですよ。
 こないだ森を歩いていたら、道のわきの木の上に見事な蜂の巣が下がっているのを見つけまして、こりゃ美味そうだツイてるぜ、ってんでその木にするするとよじ登り、蜂の巣をたたき落とし、蜂蜜を手でかきとってンマーインマーイと頬張っておったんですが、体表面の至るところを怒り狂ったハチに刺されまくって毒がまわりその場にコロリと倒れ、これまさに吉の後の凶。それでも死なずにすんだのは不幸中の幸いといったところではありますが、蜂蜜なんつうアホみたいに甘いものを食ったあと歯を磨かずに気絶しため虫歯となりこれまた凶事。しかし凶事の後にはやはり吉事が巡ってくるもので、歯医者に出むいたところそこの女医さんがことのほか美人で、それのみならずなんかこの女医さん、治療の際に胸をぐいぐいと僕の頭頂部に押しつけてくるんですよ。僕は今までの歯科受診人生で女医さんに治療してもらうのは今回が初めてなのでよくわからないんですが、世の女医さんというのはこんなにも情熱的に胸を押しつけてくるものなのだろうか。ちょっとありえないぐらいの押しつけっぷりに狼狽しつつ、思いがけぬ過剰サービスに歓喜し、毎週サボらずせっせと歯医者に通いつめている次第。

 というかまあ、歯医者にかかるまでのエピソードはてきとうな作り話なんですが、胸をぐいぐいしてくる美人女医さんの話はほんとだよ。人生ってマジ素晴らしいというか、驚きと輝きに満ちているよね。
 それにしてもこれはさすがに従来の禍福のバランスからいって福サイドへの振れ具合が大きすぎるので、この後それに相当するだけの超弩級反動禍が僕を待ち構えているに違いない。きっとこのぐいぐい女医さんの正体は三池監督の『オーディション』に出てくるサイコパスみたいな人で、僕を麻酔で眠らせたあと椅子に全身を縛りつけ、「きりきりきりきりー」とか言って酷薄な笑みをもらしながらドリルを体中の神経に突き刺し僕の体をなぐさみものにするんですきっと。でも通うんだよね。だっておれ男だから。おれはゆく。その大禍を超えたところに、さらに大きな幸福が待っていることを信じて……。