『リアリズムの宿』


 つげ義春原作映画の中では本作が一番好きです。つげ作品のもつ独特の乾いた死臭がしないところがむしろ逆に好ましい。つげのつげつげしいかんじはつげにしか出せない気がするので、他人がそれを映画化してつげつげとなぞってみたところでなあ、という気がするんです。その魔性的な魅力ゆえ、なぞったり仮託してみたくなる気持ちはよくわかるんですが。ギョホギョホ。

 僕がつげ作品を読んで最もゾクゾクするのは不吉なほどに寂れた田舎の描写だったりするのですが、本作序盤の一軒家の温泉宿とか、最後に泊まった超家庭級ダメ民宿の描写は、不吉レベルまではいかずともけっこうサビレ感が出ていて面白かったです。主人公の男二人が宿の臭くて汚い布団に包まって眠る前に「ここがツインって!(笑)」「味噌汁多すぎるし(笑)」「旦那、咳き込んで死にそうだし!(笑)」とゲラゲラ思い出し笑いするシーンが妙に好き。宿をハズしてしまうのもてきとう旅行の面白みですよね。この作品を観たら無性に旅に出たくなったので、きっといい映画です。

 なんか僕、つげさんほどではないけど微妙にショボい宿が大すきなんです。素泊まりで2000-4000円くらいの。そのくらいのプライスのショボ宿を狙って泊まるのが一人旅の醍醐味ではあるまいか。あー、懐かしい。学生時代はいろんな所に泊まったなあ。
 下関のショボ宿は素泊まり2800円でしたが、元は座敷牢としか思えないような正立方体窓なしの間取りで狭いうえに妙に天井が高く、あの独特の圧迫感は忘れがたきプライスレスっぷりでした。
 松山のショボ民宿は素泊まり2500円でしたが、襖でしか仕切られていない隣の部屋には何かに憤っている荒れたドカタが泊まっていて、ときどき漏れ聞こえてくるトロルみたいなうめき声が恐ろしくもどこか切なく、胸を締め付けられるような一晩を過ごせてプライスレス。
 城崎のショボ宿は素泊まり4000円くらいでしたが、その日は僕しか客がないと聞いていたのに夜中にしつこくフスマをどんどこノックする者がいたりなんかしてこれまたプライスレスの恐怖感。しゃれにならないよ。
 尾道のショボ宿は素泊まり3000円くらいでしたが、宿の親爺が僕の部屋に上がりこんできて、どういう話の流れだったものか「お前はそんなことじゃ結婚できんぞ!」と小一時間説教されたりなんかして、何故かついでに「戦艦大和は超すごいんじゃい」、みたいな戦争話もむりやり聞かされて人生勉強プライスレス。
 香川では2000円払って寺に泊まってみたところ、三十畳くらいある超弩級和室に一人ぼっちで、なおかつ寺の人たちも夜は別棟で寝るらしくていよいよ寂しく、ヤモリの枯れた鳴き声のみが響き渡る寂莫たる深夜のお堂の思い出もまたプライスレス。
 ゆえあって岩手のショボ宿に二ヶ月くらい滞在したこともあったのですが(寝具持込なら一泊1000円強)、自炊場に行くと長逗留のジジババに食べ物を恵んで貰えて人の情けのありがたみを知ることが出来、これまた人生の修行托鉢食費プライスレス。

 なんてことをいちいち思い出しながら書いていたら、本当に旅に出たくなりました。今週末はちょうど関西方面に出張があるので、その足でどこかの田舎をふらついてみようかな。いいな。いいね。