『パプリカ』

 今敏平沢進の名タッグはアニメ映画界のザ・マシンガンズだと思っている僕なので(『千年女優』終盤の畳み掛けるような場面転換の嵐からスペースシャトル発進、そして名曲『ロタティオン』がドジャーンと流れてエンディング、という展開はアニメ映画史に残る名シーンだと思います)、二人が再びタッグを組んだ『パプリカ』は公開初日に新宿テアトルまで出かけて行って観てきましたよ。

 いやしかしいいですね『パプリカ』。満足! もし僕が小学三年生だったら、映画館を早足で駆け出して、ランドセルの中のカンペンをかたかた鳴らしながらお家まで猛ダッシュ、ズックを玄関にぬぎ散らかしたまま台所へ駆け込み、台所には誰がいるのかというと夕ごはんの仕度に忙しげなお母さんで、僕はどうしてお母さんが台所にいるとわかったのかというと、玄関を開けたとたん味噌汁のいい匂いがすんと鼻腔をくすぐったからで、それはともかく僕は台所に立って葱か何かをとんとん刻んでいるお母さんに後ろから抱きついて、「あら坊や、いつ帰ってきたの? お母さんまるでわからなかったわ。だってお母さん、坊やの『ただいま』を聞いたかしら?」「あっ、忘れてた! ごめんなさいお母さん。ただいま!」「ハイ、よくできました。もうすぐごはんだから、手を洗っておいでね」なんて一通りの会話があったりして、それでもって大好きなお母さんに真っ先に伝えたいことがあった僕はお母さんの割烹着をつかんでグイグイ引っ張って、「お母さん! あのね、あのね、日本のアニメーションはかなりすごいことになってるよ!」と昂奮しながら『パプリカ』鑑賞によって得た充足感を慈母に伝える夕飯時の午後六時、というかんじなのですが、残念ながら僕は昨年上京して以来ひとり暮らし、家に帰っても『パプリカ』の良さを伝えるお母さんがいないので、しょうがねえや、まあお母さんじゃなくてもいいや、誰でもいいや、などと思いつつ、顔も素性も知らぬ皆さん方に報告すべくかたかたとキーボードを叩いているんですよ。いわば皆さん方は僕のお母さんだ! ばんざい! ばんざい! お母さんがいっぱいでばんざい!

 しかし前置きが長い。ここを読んでいるお母さんの大部分はここまでの前置きの長さに呆れ、この段落に至る前にブラウザ右上のバツ部分をクリック済みだと思います。しかるに、今ここを読んでいるお母さんはお母さんの中のお母さん、もはやお母さんを越えたお母さん、スーパーお母さんだ!

 しかし余談が長い。『パプリカ』の話でした。
 いままでの今敏作品のなかでは、前述した『千年女優』がダントツに優れていました。老女優の回想と老女優がかつて演じたフィクション世界、回想を聞く第三者の視点が複雑に入り混った内容なのですが、その煩雑にして高速変化なパノラマ絵巻をテンポ良く見せることは実写では恐らく不可能で、逆にいえばアニメーションならではの表現というものを突き詰めていった結果が『千年女優』だと思うのですが、今回の『パプリカ』はストーリーは全く別物なわけだけれども、「アニメでしかなしえない見せ方」という点において『千年女優』の正当たる続編だと思いました。なにしろ今回の舞台は「夢の中」ということで、場面展開や登場する総てのものに全く脈絡がない(本当はあるけど)。その変化っぷりたるや『千年女優』に勝るとも劣らず。ヒロインのパプリカからして少女〜孫悟空スフィンクス等々、脈絡のない変化を繰り返す。これは楽しいなあ。観ているだけで楽しいなあ、ヒロインの七変化。あっ、そうか、最新アニメーション技術の進化がたどり着いた地平は、美空ひばり映画だったのか! さすがひばり! 時代を先取りしまくってるゼー! ちなみにひばりのデビュー曲は「河童ブギウギ」だゼー! 先取り云々とかそれ以前にディメンジョンが違うゼー!

 ところで、冷蔵庫や電話ボックスやでっかいカエルや人形がずらずら列をなして歩く悪夢のパレード、あれって何かに雰囲気が似てるなあと思ってよくよく考えてみたら、NHK教育でした。『それいけノンタック』とか『おーい!はに丸』とか『みんなのうた』のやたら怖いアニメーションとか、ひと昔のNHK教育ってどこかしら悪夢的で、一種の狂気が漂ってましたよね。NHK教育、あいつら狂ってる。