ペット吹きの恋

「あら、そちらの方は? どちら様かしら?」

 シャム双子の一人が探偵の姿を認め、いぶかしげな顔つきで鉄仮面に尋ねた。もう一方の娘よりも肌が白く、神経質そうな印象を受ける。先ほど鉄仮面より聞き知った情報により、こちらが姉の雪子であるらしきことは初対面のヒモロギにも容易に推理できた。

「あっ、これはどうも、お姉さん。申し遅れました。わたくし、東京で探偵業を営んでおります名探偵ヒモロギです」
「まあ、探偵さんですの。修羅子さん、探偵さんですってよ」
「えっ、本当に? となりの房に探偵がいるの? 姉さんはご存知でしたかしら、あたし、探偵が大嫌いでしてよ」
 なんたる悲劇! 探偵ヒモロギが密かに焦がれていた妹の修羅子は、理由は不明なれど探偵を憎んでいる様子。格子の陰からヒモロギを睨みつける目つきのなんと険しいこと! ああ、この恋愛は成就することのない儚き夢で終わってしまうのであろうか?

「あっ、まちがえた。僕は、あろうことか自分の職業を言いまちがえた。よく考えたら僕はペット吹きでした。さすらいのトランペット吹きでした。さすらいで、でもその割りには家庭を持てるくらいの安定収入もあって、趣味はホラー映画、ホラー映画が三度のごはんよりも大好きなペット吹きでした。ははは」
「あら、探偵というのは冗談でしたのね。『死霊のはらわた』を撮っていた頃のサム・ライミくらいユーモアのセンスのある方ですのね」
「でも素敵、演奏家でいらっしゃるなんて。とても素敵なご職業ですわ」
「自慢じゃありませんがね、世間じゃジャンゴ・ラインハルトの次にトランペットが上手い、なんてことを言われてましてね。ははは、まいっちまいますよ」
「探偵さん、ジャンゴ・ラインハルトはギタリストですよ」
 得意げな探偵に、鉄仮面がそっと囁いた。

 ともあれ、探偵の機転によって険しかった修羅子の顔つきも平静に戻り、土蔵の中の空気もようやく和んだ。
「さてさて、若い男女が牢の格子ごしにお話するのも無粋です。今そちらの鍵をお開けしますから、こちらの房に遊びにいらっしゃいませんか」
「ええ、喜んで」「ええ、喜んで」

「ちょっと探偵さん、勝手なことを言わないでくださいよ。ここは私の房ですよ」
「いいじゃないか鉄仮面くん。それに僕はペット吹きだ。ペット吹きのヒモロギさんと呼んでくれ給え」
「そんなことより、早くここを脱出しましょうよ。早くしないと本物の九蔵が見回りにやって来ますよ」
「脱出なんかしないよ。当初はきみを救出してずらかる予定だったけど、やめた。そんなのは探偵の仕事だからね。今の僕はさすらいのペット吹きだからそんなことはしないのだ。ペット吹きが救出とか脱出とかしたらおかしいでしょ」
「ははあ、私の身よりも女への体裁を取るわけですね。会って間もない間柄ではありますが、あなたという人間がよくわかりましたよ。しかし、ペット吹きが土蔵の牢獄にいること自体おかしいじゃないですか」
「おかしくないよ。さすらいのペット吹きだから。さすらってるうちに土蔵の牢獄にやって来たんだ」
「だいたいあなた、トランペットを持っていない」
「落としちゃったんだよ、きっと。土蔵の中にあるかもと思って探しにきたんだね。さすらいでおっちょこちょいのペット吹きなのだ僕は。きっと」

 鉄仮面は抗弁をあきらめ、探偵のするに任せた。もはや何を言っても無駄であることを悟ったからだ。探偵は鉄仮面房からそそくさと出ると、双子房の鍵をいともたやすく開錠してみせた。
「すごいわ、こんなにいかめしい南京錠を簡単に開錠なさるなんて、ペット吹きさんはずいぶん器用でいらっしゃるのね」
「南京錠と金管楽器は親戚どうしみたいなものですからね。ちょろいものですよ。ははは」

 かくして四人は鉄仮面房で改めて座を構えた。
「それであのう、早速ですが、僕ら四人でグループ交際しませんか?」(つづく)