『アインシュタインの脳』(幕下)

 今なおどこかに保存されているという「アインシュタインの脳」を求め単身渡米したアインシュタイン研究家の杉元賢治教授を追ったハートフルアブラギッシュドキュメンタリー映画。入国審査官に「What’s the porpose of your visit?」と問われて「あいむ、るっきん、ふぉー、ざ、あいんしゅたいんず、ぶれいん!」と元気よく答える杉元教授の雄姿を見よ! ご当地大学でアインシュタインTシャツを大人買いする杉元教授に何故か萌え、アインシュタイン像を見つければ裸足になってよじ登る杉元教授に何故かまた萌える。これはもはやドキュメンタリー映画の名を借りた杉元教授萌えプロモだ! 杉元教授萌えー!

 本作の魅力は杉元教授の発散する中年萌えオーラばかりではありません。ドキュメンタリーのくせしてどこかシュールで非日常な映像空間もまた大きな魅力。杉元教授は当時の執刀医を見つけ出そうとあちこち訪ね歩くのですが、この執刀医がまた葛飾北斎のごとき引越し魔なもので、彼の知人もまるで消息をつかめずやつは死んだとか言い出す始末。しかし教授は持ち前のガッツと萌えパワーで彼がカンザスシティで今も健在であることを突き止め、そしてついに脳みそと感動の対面を果たします。20世紀最高と言われる脳のホルマリン漬けを、あたかもおばーちゃんの漬けた梅干しのように台所の戸棚からよっこいしょと取り出す執刀医も執刀医ですが、その20世紀最高の脳をちょびっと切り分けてチョ、とムチャなお願いする教授も教授です。シュールだ。しかしシュールはなおも続き、教授の無謀なお願いを「はいはい、ようがすよ」といとも簡単に快諾する執刀医。そして執刀医は「ナイフとまないたがいるな」とつぶやき台所の奥へ。 ……って、ええーっ!? 20世紀最高の脳をまないたの上で切り分けちゃうの!? 20世紀最高の脳でもそんなぞんざいな扱いなの!? 世紀の最高脳ですらオンザまないたウィズナイフってんだからやりきれません。あーあ、20世紀ランキングでいったら80億番目くらいの僕なんかの脳を保護するためにヘルメットとかかぶんの馬鹿馬鹿しくなっちゃったよ。バイク乗る時はもうノーヘルでいいや。

 かくて20世紀最高脳のカケラを手に入れた教授は大喜び、その晩は街へ繰り出しスナックでカラオケを歌います。「この最高の夜に、私のいちばん好きなこの歌を歌います! サンキューカンザスシティー!」とか言って、歌う曲はなんと『北空港』。「アインシュタインの脳を手に入れた夜にカンザスシティのスナックで『北空港』を歌う」というだけでもシュールゲージが振り切れまくりなのですが、教授のヘタな『北空港』に合わせてチークを踊りだすカンザスの地元民を見て、ツッコむとかそれ以前に僕は発狂しそうになりました。ただでさえ80億番目くらいの脳みそなのに、さらにランクを下げてしまうところだったよ。