奇妙な七ツ道具

「無論さ。この“シネマ探偵七ツ道具”を使えばね!」
 自信に満ちた笑みを浮かべる探偵は、一体どこに隠していたのであろうか、いつの間にか小さなアタッシェ・ケースを持っていた。
「ヤ、この中に七ツ道具が入っているのですね。さすが探偵さんだ」
「ははは、映画探偵としてこのくらい当然のたしなみだよ。当然。そう、ジョン・ウーが撮った映画には鳩が飛ぶシーンがある、っていうくらい当然だよ!」
「すごいなあ。どんな道具が入っているんですか。ちよっと見せてくださいよ」
「オブコースアイアム! いいかい、じゃーん、まずはこれだ。『ぴあシネマクラブ 外国映画編2005-2006』! ソフト選びのための映画辞典として、なにはなくともこいつは欠かせないゼー」
「はあ」
「1万本以上の洋画に関するデータの詰まった映画データベースの決定版さ! あ、何か調べたいコトとかある? 調べてあげるよ。カンヌ映画祭の第一回目で誰が監督賞を獲ったとか知りたい? 知りたい?」
「いやまあ、そういうのは脱獄した後でゆっくり調べますからいいです。とりあえず、その道具はこと脱獄に関してはなんの役にも立ちませんよね?」
「ああ、そういうことか。君はそういう視線なのね。オーライ。たしかにこの道具はふだんの映画生活のなかでは大変しごくに便利だけど、現状のTPO的には不適だよね。次の道具にいってみよう」
「はい」
「よし、これだ! 『ぴあシネマクラブ 日本映画編2004-2005』! こっちはまだ最新版に買い換えてないんだけどね。でも、毎年買い換える必要はあるのかな、なんて思ったりして」
「……いや、だから」
「あっ、これもダメか! ただの本だもんね。脱獄向けのアイテムじゃないもんね。そういう視点だろ。わかってるわかってる」
「あのう。本当に脱獄できるアイテムをお持ちなんですか?」
「大丈夫だよ。絶対脱獄させてやるよ。確実! そう、デ・パルマが映画を撮ったら同時進行する事象を追って画面が分割するシーンがある、っていうくらい確実じゃ!」
 鉄仮面の知らない誰かの物真似をしながら探偵が黒光りするアタッシェ・ケースから取り出したのは、小さな麻製の小袋であった。
「あっ、その中には一体何が!? まさか火薬!?」
「ははは、もっとモダンで素敵なものさ。お米だよ。お米粒だよ」
「はあ。そんなもの、何に使うんですか?」
「決まってるじゃないか。『ロッキー・ホラー・ショー』上映会の冒頭、結婚式のシーンの時にスクリーンに向かって投げつけるんだよ。みんなやってるぜ。『ロッキー・ホラー・ショー』は劇場参加型ムービーだからね!」
「お米粒で脱獄が出来るなら僕だってとっくの昔にやっていますよ!」
「なんだよ、そんなに怒るなよ。じゃあコレ、とっておき。『ロッキー・ホラー・ショー』上映会といえば劇中の登場人物に扮装するのが正しい参加の仕方だよね。そこでこれだ、“せむし男変装セット”!」
「……」
「なんだよ黙りこむなよ、怖いだろ。いいかい、よく聞け。牢屋番の九蔵とかいうじじいはせむしだろう。そいつが牢の中にいるせむし男―つまり変装した僕だね―を見れば、あわれに思ってすぐに牢を開けて助けてくれるさ。せむし族の同族意識を利用するわけだね。種族の持つ本能を」
「種族とかじゃないですよ。そういう差別発言はやめてください」
「このお話は差別と偏見と妄信と非常識が蔓延する昭和初期を舞台としているからべつによいのだ」
「よくないです。開き直らないでください。まったく……本当は脱獄なんて出来ないんでしょう? いたずらに希望をちらつかせないでくださいよ。辛くなるだけです」
「絶対できるんだってば。確実! そう、タランティーノ三池崇史の映画を観たら『ファッキングレイト!』を尋常じゃない回数連呼してしまうくらい確実だ!」
「そんなわかりにくい喩えでは、あなたのいう確実性がどれほどのものなのかさっぱりわかりません」
「まあ落ち着きたまえ。とにかく脱獄は必ず出来るのだ! 映画探偵の面目躍如を見せてやるぞ。たあーーーっ!」
 言うや否や、探偵はおもむろに高く跳び上がった! 一体なにをするというのだろう!?(つづく)