名探偵囚わる!

「それであのう、早速ですが、僕ら四人でグループ交際しませんか?」
 この世に怪奇は数あれど、これほど怪奇な男女交際のありようもそう多くはないであろう。二人で一体にして不可分なシャム双子と映画探偵と鉄仮面怪人とのグループ交際、しかもその提案のなされた場所というのが一条の光もささぬ暗く湿った土蔵の中というのだから、まさしく猟奇の果の恋模様である。
 双子令嬢は蜻蛉玉のように輝く眼をパチクリとさせて、しばらくの間おたがいに顔を見合わせていたが、双子の一方、色の白い娘のほうの顔がみるみる赤くなっていった。姉の雪子である。上気した頬にそっと手をあてて、雪子がはにかみながら上目遣いで探偵に何か言葉を発しようとしたその刹那、観音開きの土蔵の扉が軋みながら押し開けられる音が響いた。
「アッ。いけない、九蔵だわ! はやくじぶんの房に戻らないと」
「急ぎましょうお姉さま。あのせむし男に見つかったら、いったいどんな辱めを受けることやらわからないわ。おお、恐ろしい!」
「あっ、待ってください、お嬢さんがた!」
 しかし時すでに遅し。牢の前には、鬼のような形相の九蔵老人が立ちつくし、慌てふためく四人をジッと睨みつけていたのであった。手にしたワルサーPPKをギラリと黒く輝かせて。

 かくして映画探偵ヒモロギは、自ら進んで入った虎穴に囚われる羽目となったのである。


「あーあ。もうちょっとでシャムの双子をオトせたのになあ。あのじじいむかつくよ」
 シャムの双子令嬢は九蔵の手で元の房へと連れ戻され、今鉄仮面の房にいるのは元よりの居住者である鉄仮面と、あとはヒモロギ氏のみである。
「だいたいなんでワルサーPPKなんだよ。キャラに合ってないよ。あのじじい、クマの毛皮みたいなの着てワラジとか履いてるくせにワルサーってどういうことよ。ふつうナタとかクサリガマとか火縄銃とかだろう、ああいうキャラの装備品は。それをワルサーってなによ、ジェームス・ボンド気取りかよ」
「『ロシアより愛をこめて』以降のジェームス・ボンドということですね。それ以前はベレッタを愛用していましたから、007は」
「細かい男だな。そんなことはどうでもいいんだよ、この鉄仮面め。きみを助けに来たばっかりに僕はこんな仕儀に陥ってしまっているというのに、なんだきみのその態度は。へんな仮面なんかつけちゃってもう。僕という名探偵に失礼じゃないか」
「そんなこと言われても、これは外れないのです。デフォなのです」
「ふん、このファンパラ野郎。そんな仮面、ちっともかっこよくないんだからな。僕はそういうのをあんまりかっこいいとは思わない人なんだからな。全然うらやましくなんかないんだからな」
「私への八つ当たりや仮面に対する羨望嫉妬はやめてくださいよ。たしかに、私のために探偵さんまで捕まってしまって、申し訳ないとは思いますが」
「ふん。まあよいさ。こんな牢屋、僕の探偵術でたやすく脱獄してみせるよ」
「ほ、ほんとうですか?」
「ははは。君は僕を誰だと思っているのだね。あらゆる窮地を知恵と推理で解決する、本朝随一のシネマ探偵・ヒモロギ小十郎とは僕のことだよ」
「はあ」
「アッ、きみ、知らないな。もしかして僕のこと知らないんだろう」
「すみません、生まれてこのかたずっと牢の中なので、なにしろ世事にうといのです」
「ひきこもりというやつだね。いわゆる日本経済の癌だ。困った男だな。でも、そんな君でも『新幹線大爆破事件』や『網走番外地殺人事件』『奇人たちの晩餐会殺人事件』『ゆけゆけ二度目の処女殺人事件』といった数々の難事件を解決したのが僕、といえばその偉大さがわかるだろう」
「すみません、わかりません」
「つくづく無知な男だねきみは。じゃあ、近頃世間を騒がせた稀代の大怪盗“怪人二十世紀FOX面相”の野望を打ち砕き、奴の捕縛に貢献したのが僕、といえばその偉大さがわかるよね」
「誰ですかそれは」
「二十世紀FOX社以外の映画会社の撮影を妨害したり、映画館から二十世紀FOX社以外のフィルムを盗んで上映中止に追い込んだりする悪党で、僕が見破るまでその正体は長らく謎とされてきたが……」
「二十世紀FOXの営業の人だったりして」
「えっ!」
「……えっ!? もしかしてそうだったんですか?」
「え、いや、ちがうよ。ははは、そんな短絡的な推理で解き明かせるほど、事態は単純なものではなかったのだよ。もっと複雑な利害関係とか人間関係とか人間の業とか旧家の因習とか村の祟り伝説とかわらべ唄にかくされた秘密とかがすんごく複雑に絡み合っていたの! まったく、しろうとはこれだから困るよ。このばか! このファントム・オブ・パラダイス!」
 探偵は不自然な咳払いを何度もしながら、鉄仮面にいわれのない言葉の暴力を浴びせ続けた。そして自己の優秀性を誇示すべく、遂にはこんなことを言ってのけたのであった。
「よろしい。僕が超優秀な探偵であることを証明すべく、こんな牢屋、五分で脱獄してみせようじゃないか。無論君と、そして隣の房に囚われのシャム双子も連れてね」
「ええっ、そんなことが……物理的に可能なのですか?」
「無論さ。この“シネマ探偵七ツ道具”を使えばね!」(つづく)