鉄仮面、名探偵と邂逅すること


 こちらのブログの管理者であるヒモロギ氏の勧めもあり、もうしばらく映画の雑感や私の境遇などを書かせて頂くことにした。 
 自由なき幽閉者である私とヒモロギ氏との出会いは数ヶ月前に遡る。
 いつものように蔵の錠前が外される音が暗闇の中に響きわたり、アルマイトの食器を載せた盆を携えて九蔵が私の檻の前にやってきた(蔵の中は鉄格子によっていくつかの空間に区切られている。私が収監されているのはその一室だ。もし私がここからの脱走を試みる場合、檻と蔵、二つの扉の鍵を開錠しなければならず、そしてそうすることはほぼ不可能に近いだろう。)。檻の前で歩みを止めた九蔵は、心なしかいつもと雰囲気がちがう。九蔵は首を伸ばして檻の中を窺っている。まだ暗闇に目が馴染んでいないのか、私の姿を見つけられないでいるらしい。九蔵の様子を不審に思った私が格子のところまで近づくが、向こうはまだ私に気づかない。
「いないのかな、おかしいな……」
 一人ごちる九蔵。そして老せむし男は自分の首すじあたりの醜くたるんだ皮膚に手をかけ、そして驚くべきことにそれを一気に剥がしてしまった。中から現れたのは見知らぬ男の顔だった。

「うわっ」と私が声をあげて驚くと、謎の人物もようやく私の姿を認め、そして私以上に狼狽した様子を見せた。
「わっ、わっ、びっくりした。なんだ、きみ、鉄仮面なんかかぶって。筋少の『断罪! 断罪! また断罪!』のCDジャケットかと思ったよ。ジャケ買いするところだったよ(?)」

 わけのわからぬことを口走り続けるこの男こそが、ヒモロギ氏その人であった。程なく落ち着きを取り戻した彼は変装衣装を脱ぎ捨てベージュのフロックコートに着替え、懐から取り出したハンチング帽を人差し指でくるくると回しながら「探偵のヒモロギです」と名乗り、そしてにやりと不敵な笑みを漏らした。
「私はある人物の依頼を受け、この館のことを調べている探偵です。おっと」
 探偵は弄んでいたハンチング帽を床に落とし、いそいそとそれを拾い、そしてまたにやにやと笑った。なにやら油断ならない怪人物だが、私にとってはここへきて初めての来客である。訊きたいことは山ほどもあった。
「あなたは私を知っているのですか? ここはいったい、誰の館なんです? あなたは誰の依頼を受けてこんなところにまで……」
「おっと」
 探偵が立てた人差し指を小刻みに振って私を制する。
「今は多くを語る時期ではないのだよ、鉄仮面君。しばし待たれよ。いずれ全ての謎が解ける日がやって来るだろう」
「しかし」
「正直、僕にもよくわからない謎が多いのだ、この館には。まあ、いずれ僕が全て解き明かしてみせるのだが」
「そうですか」
「そうだ。君は大船に乗ったつもりで……たとえばそう、クイーン・エリザベス2世号に乗船してニューヨークからサザンプトンまでの106日間を優雅に過ごし、異国のマダムと束の間のアバンチュールを楽しみ、南十字星かがやく夜の甲板で愛の詩を囁くような、そんなつもりで余裕をかましていてくれ給え。なにしろ僕がついている」
「はあ」
「なあに、比喩さ」
「そうですか」
「うん、そう。だけど今は無理。今はこれがせいいっぱい」
 そういってヒモロギ氏はコートの内ポケットからバラを取り出して私に見せた。そして左手をバラにかざしてまじない文句のようなものを唱えると、一輪のバラはなんと私の眼前で一枚のDVDに変じた!

 というわけで、ずいぶんと前置きが長くなったが、その時ヒモロギ氏に頂いた『ルパン三世 カリオストロの城』は私にとって思い出深い作品となった。しかし、実のところ『カリ城』のDVDは私のコレクション中既に所有するところであったので、私は氏に頂いたDVDをヤフオクで売り飛ばし、得た金で『jackass』のDVDを買ってしまった。
 ついでに言えば、探偵ヒモロギ氏が私の境遇と重ねあわせたクラリス嬢は、『カリ城』中最も魅力の乏しいキャラクターなので私は好きではない。囚われのお姫様なんて、なんとステレオタイプでくだらないキャラクターだろう。やはり銭形だ。敵役でもなければ仲間というわけでもない宙ぶらりんな立場の銭形警部の活躍こそがこの作品に深みを与え、本作を不朽の名作とすることに大きく貢献している。それに対してヒモロギ氏は「五右衛門さ! 五右衛門がこの映画のキモなんだ! だって燃えてるルパンの服だけシャキーンって斬るんだぜ。すごいじゃん」などと口角沫を飛ばすようなお人なので、申し訳ないが映画の評論には向いていないと思う。探偵の仕事には役立つのかもしれないが、あまりに視点がずれすぎている。