理由はわからないが、幼時より素顔を鉄仮面で覆われた状態でどこかの蔵に幽閉されている。そんな境遇下の私ではあるが、最近映画も観ずにゲームに興じてばかりしているヒモロギ氏に代わり、こちらの映画感想ブログの代打を務めさせていただきたく思う。自分の名前などもはや覚えていないが、この場ではひとまず“鉄仮面”とでも名乗っておけばそれで事足りるだろう。外の世界に出ることは決して許されず、人並みの娯楽を享受することもなく生きてきた。しかしながら、週に一度はDVDの差し入れが許されている。故に、こと映画に関してだけは多少の知識と、そして大いなる愛情を持っているつもりだ。

 先日、三度の食事を運んでくれる世話役の男(九蔵という名の老人で、隻眼禿頭のせむし男だ。私の境遇に対して些かの同情を寄せてくれているようである)に頼んで借りてきてもらったDVDは岩井俊二監督の『花とアリス』。かねてより私は岩井氏の作品があまり好きではなかった。といっても『スワロウテイル』『四月物語』『リリィ・シュシュのすべて』くらいしか観たことがないのだが、『リリィ・シュシュ』での陰惨なシーンが強く頭にこびりつき、以後彼の作風に対して少なからず嫌悪感を感じるようになってしまったのだ。 
 しかしながら、今回意を決して『花とアリス』を観たところ、なかなかに素晴らしかった。二人の女子高生、花とアリスをめぐる物語。私は実際この目で見たことがないのだが、女子高生というのはこうも闊達な生き物なのか、と感動した。たくましい花と屈託のないアリス。恋人の深層心理下において蛞蝓扱いされる花と、食べざまが汚いのでオーディションに落ちるアリス。かわいい花とかわいいアリス。かわいくない花とかわいくないアリス。闊達なればこそ振り幅も大きくなる。その大きなブレをうまく包み込んでいるのが岩井監督の少女愛的な視点であり、ところどころに散りばめられた平和なユーモアであり、「昨日BSで『ハンニバル』観たんだけどさあ」などといったような、何気ない等身の会話で繋がりゆく日常風景の映像だったりするのだろう。
 私はこの映画を観て、実物の女子高生をぜひともこの目で見てみたくなった。だから、この映画はきっとよい映画なのだろう。蔵の外への憧憬を惹起してくれる映画こそが良い映画――それが私が映画を格付けする際における厳格にして唯一の規定なのである。(鉄仮面)